痔瘻(じろう)は誰でもなり得る病気です。肛門の周辺がズキズキと腫れて痛んでいたり、お尻が熱をもっていたりする場合は痔瘻の可能性があるかもしれません。
しかし、なかには「痔瘻ってどういうものなの?」「どうやって治療していくの?」と気になっている方も多いのではないでしょうか。周りになかなか相談しづらいこともあり、一人で悩んでいる方もいるでしょう。
そこで今回は、痔瘻の症状や治療方法をはじめ、痔瘻になりやすい方の特徴や原因などについて詳しく解説します。
目次
1章、痔瘻とは?
痔瘻とは、直腸と肛門周辺の皮膚がつながり、トンネル状の穴ができる痔のことです。あな痔とも呼ばれています。痔瘻の有病率は、欧米の場合だと100,000人に5.6~20.8人の割合です。痔瘻になる確率はそこまで高くありませんが、いつ誰が発症してもおかしくありません。
1-1、痔瘻について
『肛門の近くに穴がある』『肛門の近くが腫れて痛い』とおっしゃって受診される方が多いです。肛門からすぐ入ったところにある肛門陰窩という窪みから細菌が侵入し、肛門導管を経て肛門腺で感染を起こします。これが肛門周囲膿瘍です。肛門周囲膿瘍は熱感、腫脹、疼痛を伴い、座ることが困難になることもあります。速やかに切開排膿(腫れているところを切って膿を出す)が必要です。膿瘍が小さく、症状が軽い場合は抗菌薬で経過を見ることもあります。
肛門周囲膿瘍を切開排膿して症状が落ち着くと、トンネルが残った状態となります。これが痔瘻です(下図)。肛門周囲膿瘍になったすべての方に痔瘻がある訳ではありませんが、膿瘍を繰り返す場合は痔瘻と考え、いずれは根治手術(痔瘻を取る手術)をお勧めします。
図:痔瘻の模式図
1-2、痔瘻になりやすい人は?
発症しやすい年齢は男女ともに30~40代です。女性よりも男性で発症しやすいことで知られています(男女比2.8~5.5:1)。男性のほうが下痢をしやすく、排便するときにいきむ力が強いことから、女性よりも痔瘻になりやすいのです。
お尻を時計に見立てて、前側(男性では陰嚢、女性であれば会陰)が12時、背中側を6時方向とすると、6時方向の後方痔瘻が多いですが、女性の場合は前方痔瘻も多いとされます。
「痔瘻を診察してもらうのは恥ずかしい」と感じる方が多いかと思いますが、残念ながら痔瘻が自然治癒することはほとんどありません。放置しているとトンネルに膿が溜まっていき、腫れや痛みが起こります。放置することで患部が複雑になり治療が困難になったり、まれにがん化したりすることもあるため、できるだけ早い対処が必要です。
「お尻のことだから恥ずかしい」と思う気持ちは分かりますが、対処が遅れると予後が悪くなることもあるため、症状に気づいたら早めに受診するようにしましょう。
2章、痔瘻を起こす原因
痔瘻を起こす原因としては、いくつか挙げられます。本章ではその原因について解説していきたいと思います。
2-1、感染による痔瘻
痔瘻を起こす原因にはいくつかありますが、とくに多いとされているのが細菌感染です。直腸の粘膜と皮膚の境界である歯状線には、もともと肛門陰窩(こうもんいんか)と呼ばれるポケットのようなものがあります。
肛門陰窩には、粘液を出す肛門腺というものがあり、この肛門腺が化膿すると、肛門周囲膿瘍になり最終的には痔瘻へと発展してしまうのです。
肛門腺が化膿を起こす原因としては、下痢が挙げられます。肛門陰窩に便が入ってしまうことは通常ありませんが、下痢をしていると入り込んでしまい、肛門腺が感染症を起こすことがあるのです。
とくに肛門腺の近くに傷があったり、免疫機能が低下していたりすると、下痢によって感染症を起こしやすくなります。
2-2、痔瘻ができやすいその他のご病気
痔瘻の患者さんは、肛門周囲膿瘍になった状態で来られる方が多いです。しかしながら、それ以外にも痔瘻になるものがあります。
例えば、裂肛(キレぢ)から発生する場合や、クローン病に合併する痔瘻、結核、HIV感染、膿皮症があります。これらのご病気の方でおしりに問題を抱えていらっしゃる方は痔瘻の可能性があります。
2-3、痔瘻になりやすい方の特徴
痔瘻になりやすい方には、特徴があります。次のような方は痔瘻になりやすいと考えられるため注意しましょう。
いきむ力が強い方
便をするときにいきむ力が強い方は要注意です。いきんだときの勢いで肛門陰窩に便が入り込みやすくなります。男性のほうが女性より痔瘻になりやすいのは、筋肉が発達していていきむ力が強いためです。
下痢をしやすい方
下痢も痔瘻の原因となります。下痢は普通便よりも肛門陰窩へ入り込みやすく、感染症を起こす可能性があります。痔瘻の主な原因は下痢であるといっても過言ではありません。
実は、下痢も女性より男性で見られやすいことが特徴です。お酒の飲み過ぎやストレスは下痢につながります。仕事でストレスを抱えたり付き合いで飲んだりする男性が多いことから、一般的に男性のほうが下痢をしやすいのです。
いきむ力が強く下痢をしやすいことから、男性のほうが痔瘻を発症しやすいと言われています。
免疫機能が低下している方
免疫機能がしっかり働いている方の場合、肛門陰窩に便が入り込んでも感染症を起こすことはありません。しかし免疫機能が低下している方だと、感染源となる細菌に押し勝つ力がないため感染を起こしてしまいます。疲労やストレスが溜まっている方、免疫を抑える薬を服用している方などは注意したいものです。
3章、痔瘻には4つのタイプがある
痔瘻には、大きく分けて4つのタイプ(Ⅰ~Ⅳ型)があります。痔瘻と言っても、タイプによって特徴が異なるほか、治療のしやすさにも違いが出てくるのです。
3-1、皮下痔瘻(Ⅰ型)
皮下組織と内肛門括約筋の間にできた痔瘻です。痔瘻の2割程度と比較的多く、最も浅い(皮膚に近い)部分にできているため、診断は容易です。
3-2、筋間痔瘻(Ⅱ型)
筋間痔瘻には、低位筋間痔瘻(ⅡL型)と高位筋間痔瘻(ⅡH型)の2つがあります。それぞれについて解説します。
・低位筋間痔瘻(ⅡL型)
お尻には、肛門を閉じる働きをしている内括約筋と外括約筋とがあります。肛門に近いほうにあるのが内括約筋、外側にあるのが外括約筋です。低位筋間痔瘻は内括約筋と外括約筋の下のほうに伸びていく痔瘻のことを指します。
痔瘻の約6割は、この低位筋間痔瘻です。治療法には、切開開放術や括約筋温存手術などがよく用いられます。
・高位筋間痔瘻(ⅡH型)
高位筋間痔瘻は、下に向かって伸びていくトンネルが上に向かって伸びた状態です。内括約筋と外括約筋との間を通るように上に伸びています。トンネルの出口がないため、肛門陰窩に溜まった膿は排出されません。
痔瘻の約1割が、この高位筋間痔瘻です。下着に汚れが付かなかったり、違和感がある程度で終わったりすることもあり、自覚症状に乏しいことで知られています。括約筋温存手術が行われることが一般的です。
3-3、坐骨直腸窩痔瘻(Ⅲ型)
トンネルがS字型にできている痔瘻のことです。外括約筋を超えて上の方までトンネルが伸びていき、そこから下の方へと伸びていきます。痔瘻の約1割は坐骨直腸窩痔瘻です。
肛門の後方を複雑に走行し、馬のひずめのような形になります。括約筋温存手術の一つである肛門保護手術が主流の治療方法です。
3-4、骨盤直腸窩痔瘻(Ⅳ型)
坐骨直腸窩痔瘻と同じくトンネルがS字型に伸びていくものですが、上に伸びていく度合いが骨盤直腸窩痔瘻よりも強く、外括約筋の上にある肛門挙筋までトンネルが伸びていきます。
骨盤直腸窩痔瘻が起こる頻度はあまり高くなく、まれにしか見られません。治療は困難になるケースが多いこともあり、人工肛門になる場合があります。
4章、痔瘻の検査や診断方法
ほとんどの場合は、症状やこれまでの経過を聞き、実際に肛門の様子を見ることで診断ができます。問診でもある程度は痔瘻かどうか分かりますが、治療を行うためにはトンネルがどのような方向にどれくらい進んでいるのかを把握しておかなければなりません。
そのために、肛門エコーやMRIを行ってトンネルの位置を確認します。これらの検査を行わなくても痔瘻のトンネルの先を診るだけで診断がつくことも少なくありませんが、痔瘻が2か所以上ある方もいらっしゃられ、画像診断で明らかになる場合もあります。
このほか、指診や双指診が行われることもあります。指診は、人差し指を肛門に挿入し、回転させながら前後左右を圧迫して痛みがないか、トンネルの出口から膿が出て来ないかを調べる検査です。
双指診では、人差し指を肛門に入れて親指を肛門の縁にあてて挟むことで、腫れやしこりがないかを調べます。
5章、痔瘻で見られる症状
痔瘻になると、次のような症状が見られます。
• 排便の有無にかかわらず痛みがある
• 発熱が見られる
• お尻が腫れて痛む
直腸と肛門周辺の皮膚がつながるため、溜まった膿がトンネルの出口から出ていて下着が汚れてしまいます。ズキンズキンという拍動性の痛みが伴うことも少なくありません。触ったり排便したりしなくても痛むことが多いでしょう。痛みがひどく、椅子に座るのも困難になるケースもあります。
人によっては、38~39度と高めの熱が出ることもあるため、たかがお尻の病気と侮ってはいけません。強い痛みを伴うことが多い痔瘻ですが、膿が破れて排出されると、一時的に症状が楽になります。
しかし、楽になっただけで痔瘻そのものが治ったわけではありません。再び膿が溜まってくると、痛みが再発する恐れもあります。また、トンネルから排出される膿で皮膚がかぶれて、かゆみを感じる方もいるでしょう。
トンネルの数が増えると肛門の機能が障害され、排便しづらくなったり便が細くなったりすることもあります。基本的に痔瘻は自然治癒しませんので、気になる症状があったら早めに受診することが大切です。
6章、痔瘻の治療および予防法
痔瘻と診断されたら、基本的には手術が必要です。手術せずに放置しておくとまた膿が溜まって腫れたり、痔瘻の走行が曲がったり、枝分かれしたり(複雑化と言います)、10年以上放置していると癌が発生する可能性もあります(痔瘻癌)。ですので、痔瘻と診断された場合はぜひ手術を受けていただくことをお勧めします。
手術で大事なのは、肛門の機能をできる限り温存しながらトンネルの入り口をなくすことです。手術の方法としては、おもに次の5つが知られています。
6-1、痔瘻の手術法
(1)開放術式
痔瘻のトンネル(瘻管といいます)を入り口(原発口)から出口(二次口)まですべて開放する術式です。
痔瘻の形が複雑ではなく、浅い部分にできている痔瘻に有効な手術です。痔瘻のトンネルとともに括約筋を切除します。括約筋は排便をコントロールするのに必要な筋肉です。しかし、切開開放術では括約筋の端を少しだけ切除する程度なので、肛門の機能に影響が出ることはなく、便が漏れることがほぼありません。
(2)括約筋温存術式
括約筋を温存する術式で、前方痔瘻や括約筋機能が低下している(高齢者等)方が適応となります。
痔瘻が括約筋の深い位置を通っている場合に有効な手術です。痔瘻の入り口から出口までをくりぬくように切除します。痔瘻のトンネルのみを切除するため括約筋を温存したまま患部を取り除くことが可能です。そのため、深い位置にある痔瘻でも肛門の機能を維持したまま切除できます。くり抜き法、筋肉充填法、括約筋外アプローチによる術式などがあります。
(3)シートン法
入り口(原発口)から出口(二次口)の間のトンネル(瘻管)にシートン(ひもの意味)を通して、少しずつ縛っていき、時間をかけて瘻管を開放する術式です。開放するまでは、ずっとシートンが入った状態になりますので、違和感や痛みを感じる場合があります。
少しずつ切開していくため、括約筋の損傷が少なく済みます。ただし、治療にかかる期間がほかの方法と比べて長いことがデメリットです。どの部位に痔瘻ができているかにもよりますが、3か月半から半年ほどかかります。また、2~3週間おきに通院してゴム紐の交換もしなければなりません。
(4)LIFT(Ligation of intersphincteric fistula tract)法
内外括約筋の間で痔瘻のトンネル(瘻管)を結紮し、トンネルの入り口(原発巣)は切除して、出口(二次口)が掻き出す(掻把)術式です。
(5)Hanley法または変法
座骨直腸か痔瘻において、入り口(原発巣)を切開開放し、二次瘻管すべての開放は行わない方法です。痔瘻の中ではかなり難易度の高い手術になります。
術式はざっと挙げただけでも上記のものがありますし、これらを組み合わせたり、施設オリジナルの方法もあるため、ご興味がある方は病院やクリニックでどのような術式を採用しているか聞いてみてもいいかもしれません。
6-2、痔瘻を予防する方法
痔瘻は、肛門陰窩に便が入り込むことで起こるものです。予防するためには、便が入らないように気をつける必要があります。
下痢や便秘にならないように気をつける
肛門陰窩に便が入らないようにするために、下痢や便秘にならないようにできるだけ気をつけることが大切です。とくに下痢は、肛門陰窩に便が入りやすくなるので注意しましょう。便秘の場合は強くいきむことで肛門陰窩に便が入ってしまうことがあります。
ウォシュレットを使いすぎない
肛門を清潔に保つのに役立つウォシュレットですが、使いすぎはかえって逆効果です。ウォシュレットで洗いすぎると、皮膚の健康を守っている常在菌まで洗い流してしまうため、感染症が起こりやすくなることがあります。ウォシュレットを使うこと自体は悪くありませんが、使い過ぎには注意しましょう。
まとめ
痔瘻とは、直腸と肛門周辺の皮膚がつながることで、トンネルが形成されてしまう痔のことです。肛門陰窩に便が入り感染症が起こることが原因のため、下痢や便秘をしないように気をつけ、免疫機能が下がらないようにすることが大切です。
30~40代の男性で発症しやすく、発症したら手術をしなければ完治はしません。痔瘻を放っておくとがん化したり治療が難しくなったりすることがあるため、気になる症状があるときは早めに受診してください。
当クリニックでは、痔瘻の専門外来を行っています。下記より予約が可能となっています。
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